郷純造

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文政8年(1825)~明治43年(1910)は、農業を営む郷家六代政方の三男として生まれる。小さい頃から本をよく読み、勉強は御望の郷余斎に、剣術は下鵜飼の大野理忠に学び、免許皆伝の腕前であった。二十歳で江戸へ出て草履取りとなり、給金は二両をもらう。大阪町奉行の家老を勤めた後、明治政府の会計局組頭となる。大隈重信や松方正義に認められ、初代の大蔵(現財務省)次官となる。大久保利通から「郷を断じて免職か転勤にすべし」と大隈重信宛に書翰を送っている。
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2016.03.29前島密と郷純造 和彦雑記(4)
明治42年7月発行の「実業之日本社」に大隈重信の記事が掲載されていま す。前回「渋沢栄一と郷純造」で記述のように、郷純造が大隈重信 … 続きを読む
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2016.03.18渋沢栄一と郷純造 和彦雑記(3)
明治42年7月発行の実業之日本社(21頁)に、郷純造が大隈重信に渋沢栄一と前島密を推薦している記事があります。(下図参照)勇退と反響続きを読む
表紙
2016.01.28大久保利通と郷純造
明治3年(1870)10月25日、大久保利通(1830~78)は、岩倉具視(1825~83)へ書翰を送っている(下図参照)。
その内容は、郷純造について … 続きを読む
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2016.01.27幕末の郷純造
文久2年(1862)から3年間、大阪町奉行の鳥居越前守と松平勘太郎各々の家老を勤めた。
慶応元年(1865)、続きを読む
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2015.01.20郷清三郎こと清サンの「旅枕」(1)
近所では旅好きの“清サン”と呼ばれていた。 本稿ではそれに倣い“清サン”と記すことにする。 『♪気笛一声新橋を・・』オールドフアンには 懐か … 続きを読む
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2015.01.19清三郎 旅まくら 連載開始【郷清三郎とは】
明治時代中頃、八代:郷清三郎がまだ開通したばかりの列車(東海道線)に乗り、 日本中を旅して地元の神社「多賀神社」造営の資料集めに奮闘す … 続きを読む